5次元のチェス

May 19, 2025

コメント要約

  • 米中間の相互関税の引き下げは金融市場にとってサプライズとなりました。
  • FRBが今後数四半期に亘って金融政策を据え置くとの見方を維持しています。今年後半には、利下げの可能性が利上げの可能性を大きく上回っていると考えています。
  • 欧州では、フランスにとって財政赤字のさらなる拡大を回避するために、支出を削減することは依然として急務であり、その深刻さは早期に露呈する可能性があると考えています。
  • ルーマニアでは、新たな議会選挙が実施される必要なく連立政権が誕生する可能性があり、そうなれば、さらなる政治的混乱や格下げのきっかけになりかねないとみています。
  • 経済済指標は落ち着いた状態を維持するとみられますが、4月初旬の中国への関税引き上げに起因するサプライチェーンの混乱の一部は、一定の経済ノイズを生み出す可能性があるでしょう。

 

先週は、米国がこの先90日間、中国への関税を145%から30%に引き下げるという重大な政策転換を発表し、中国政府も同様に報復関税を引き下げる動きを見せました。このニュースは、金融市場にとってサプライズとなりました。これをきっかけに、サプライチェーンの混乱拡大への懸念が高まる中で強まってきていた米国の景気後退懸念が、大幅に後退する展開となりました。

対中関税は現在、2025年初めよりも10%高い水準となっており、この増加分は、世界の他の国々と同じです。トランプ米大統領が、全面的な貿易戦争という構想を後退させたかのようにも見受けられるでしょう。さらなる交渉が行われない限り、関税が引き上げられる可能性が高いように思われますが、金融市場は、より現実的なアジェンダが実行されるであろうと結論付けているかのようです。

実際、興味深いことに、昨年11月5日の大統領選挙当日と比較して、S&P500 種指数は上昇し、金利は低下しているほか、インフレ率は低下し、原油価格は下落して、米ドルも軟化しています。また、米国の関税収入は増加し、経済は依然として完全雇用を維持しています。そして米国人のローマ教皇すら誕生しました。ロシア・ウクライナ間の和平協定は(まだ)確保していないものの、このように見ると、突然、トランプ氏の大統領就任後の最初の100日間は、それほど悪くはないようにも見えることは、何とも不思議です!

トランプ氏は混乱と懸念の種をまき続けてきましたが、実際には同氏が五次元(5D)チェスというかなり頭を使うゲームに取り組んでいるのだと感嘆している人もいることが理解出来る気がします。それ以外の人たちは、主人の行動に頭を掻いてばかりではありますが。旅の途中では、誰もが偶然さにだまされてしまった経験があるものだ、という話しを作りたい誘惑に駆られてしまうことも事実でしょう。

貿易戦争が激化しなければ、米国のGDP成長率は1.5%前後で推移すると現時点ではみています。しかし、後々の動向を見て、米国の成長見通しをこれまで大幅に見直してきており、長期的な経済見通しに頼るメリットが果たして、どれほどあるのかと不思議に思われるかもしれません!

インフレに関して言えば、先週発表された消費者物価指数(CPI)はコア指数が2.8%と、概ね落ち着いた水準でした。ただし、関税やサプライチェーンの混乱により、物価の上振れリスクはあり、今後数カ月間でインフレ率が上昇する可能性もあるでしょう。いずれにせよ、米連邦準備制度理事会(FRB)は政策金利の決定において、辛抱強く様子見の姿勢を維持することが正当化されるように思います。今月の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見では、パウエル議長に質問したジャーナリストの多くが、この先の利下げに関してパウエル氏がそれほど多くのヒントを与えようとしないことにトランプ氏が不満を持っているのと、同じような気持ちであるように見受けられました。

しかし、過去1週間の一連のニュースを見れば、このような不確実な環境下において、調査結果による指標や直近の政府の政策発表を基に景気がどこに向かうかを予測するゲームに、中央銀行が巻き込まれたくない理由も分かるように思います。むしろFRBは、ハードな経済指標の分析において規律を維持する必要があり、目的から外れるようなインフレや失業率のオーバーシュートを最小限に抑えるために、政策を調整していく必要があるでしょう。

引き続き、FRBが今後数四半期に亘って金融政策を据え置くとの見方を維持しています。ただし今年後半には、利下げの可能性が利上げの可能性を大きく上回っていると考えています。こうしたことから、米2年国債利回りのフェア・バリューは4%程度であると考えています。

先週半ばに掛けて利回りが上昇する中、先物市場においては今年後半に2回の利下げが織り込まれるのみとなりました。これは、3月のドット・チャートと整合的です。わずか数週間前には、年末までに4回の利下げが織り込まれていたことを踏まえれば、大幅な調整であると言えるでしょう。

一方、米10年国債利回りも4.5%近辺で概ね妥当な水準と見られますが、イールドカーブの長期ゾーンにおいては利回りが上昇する可能性があるとみています。30年国債利回りに関しては、景気後退懸念が後退することで、また債券投資家が米財政の深刻な状況に着目することで、5%に達する可能性もあるとみています。

予算の議論は、これまでのところ、財政赤字が来年も引き続きGDPの7%前後と、高止まりすることを示唆しているように見えます。しかし、この数字でさえ成長(と、それによる税収)が持ち堪えることを前提に算出されています。

さらに、この予算案は、関税による収入が年間約2,500~3,000億米ドル、つまりGDPの約1%になると想定しているようです。関税収入が不足すれば、財政赤字はさらに拡大する可能性があります。政府効率化省(DOGE)の経費削減が予算に追い風になるとの話は、今や消えゆく蜃気

楼のようです。

またこの間、利回りが低下し、借入コストが減少するであろうとの期待感も現時点では崩れてしまっており、結果として国債が増発される環境が続いています。米国債への海外投資家からの投資が減少すると予想される中、利回りの上昇で他からの資金を呼び込む必要があります。こうしたやり方は、時間の経過とともに、民間セクターからの資金の流出(“クラウディング・アウト”)につながり、長期的な成長やクレジット債のスプレッドにネガティブに働くリスクがあるでしょう。

しかし、これまでのところ、国債利回りの上昇は、リスク資産への熱意をそれほど削ぐ要因とはなっていないようです。先週は、投資家が景気後退に対するヘッジ・ポジションを外し、リスク資産への投資を再開する動きも見られました。短期的な懸念が一旦は後退したためでしょう。

実際、高い絶対利回りは、目標利回りのある保険会社のようなクレジット投資家を当初は惹き付ける要因となり得ます。しかし、市場が2025年の年初来の下落分を取り戻す中、さらなるスプレッド縮小の余地は限られるとみられ、さらに今年を振り返れば、トランプ米大統領がもたらすボラティリティが終焉したと結論付けられるのは、勇敢な(もしくは無謀な)投資家のみであると言えるでしょう。そのような状況を踏まえ、良好な市場環境下でリスクを削減し、より明確な投資機会が自ずと出現するタイミングを待つことが賢明であるとの見方を維持しています。

欧州では、フランス政治とバイル政権の脆弱さに再び市場の注目が集まりました。現時点においては、即座に政権崩壊や新たな選挙の可能性は低いと見られます。しかし、フランスにとって財政赤字のさらなる拡大を回避するために、支出を削減することは依然として急務であり、その深刻さは早期に露呈する可能性があります。

ドイツが財政を緩和し、EUの防衛支出拡大を推し進める中で、必要とされる支出の多くは、各国の国家予算を圧迫する形ではなく、EU及びESMレベルで共同で実施される必要があるかもしれないという点をこのことは浮き彫りにしています。またその他の地域では、週末にポーランドやルーマニアで重要な選挙が予定されています。

ルーマニアに関して言えば、中道寄りの候補であるダン氏が、ライバルである極右のシミオン氏に支持率で迫っていることが確認される中、資産価格に反発が見られました。しかし、最も重要な点は、新たな議会選挙が実施される必要なく連立政権が誕生することであると考えています。さもなくば、さらなる政治的混乱や格下げのきっかけになりかねないとみているためです。

日本では、米国経済に対する懸念の後退が、2025年を通じて日銀が金融政策を正常化し続けることを可能にするとの予想が高まっていないことにやや驚いています。賃金や物価上昇が、日銀の目標である2%をはるかに上回っているにも拘わらず、です。日銀が政策対応で後手に回って(ビハインド・ザ・カーブとなって)いることが、長期国債利回りを押し上げる要因になっているのかもしれません。

また、足元で円が対米ドルでの上昇幅を大幅に縮小させていることからも、7月の会合における日銀の利上げに有利な方向へと状況が傾いていると捉えています。金利市場は日銀の利上げ見通しを大幅に過小評価しているとみていることから、先週は日本の2年スワップ金利のショート・ポジションを、0.70%の利回りで構築しました。

預金金利は近々0.50%から0.75%に上昇するとみており、その後も利上げを行うことで、政策金利は今年末には1.0%、2026年末には1.5%に引き上げられると予想しています。

今後の見通し

今後の見通しとして、引き続き市場のボラティリティや価格動向の主たる原動力は、米政権の次なる政策の動きであるように見受けられます。経済指標は落ち着いた状態を維持するとみられますが、4月初旬の中国への関税引き上げに起因するサプライチェーンの混乱の一部は、少なくとも多少影響を及ぼし、一定のノイズを生み出す可能性があるでしょう。

一方、米国が実際に関税を通じてGDPの1%に相当する金額を調達することが出来るならば、少なくとも幾らか物価が上がり、消費が弱含むことは避けられないでしょう。米国の貿易政策については、今後数週間のうちにどの国が米政権との間で取引を成立させるか、という点に注目が集まるでしょう。カナダや欧州の政策当局者と話したところによれば、英国の貿易合意は英国にとって不十分な内容で、カナダや欧州が米国に行う譲歩の雛形にはならないだろうとみているようです。

さらに、米国が中国に対して態度を「軟化させた」ように見えるという事実は、他の国々が、自国の立場をより堅持し、取引を成立させるためだけに妥協することはない、ということを意味しているかもしれません。これがどのように作用するかは、いまだ不確実です。

しかし、トランプ米大統領が大きな変化をもたらすという願望を捨てたとの見方には、やや慢心が存在するかもしれません。DOGEや予算をめぐる取り組みでは、ほとんど何も達成されていないように思われます。しかし、貿易においては、米国がこれ以上に譲歩するとは考えづらいでしょう。米政権にとって、安全保障とともに、将来の繁栄において脅威と見られている中国に対する米国の依存を終わらせることは、依然として揺るぎない決意であるとみられます。

この点において、トランプ政権の場合、政策は直線的に動かないことを思い起こしてみることに価値があるかもしれません。トランプ氏の次の動きを先取りすることは、間違いなく容易なことではないでしょう。実際、これまでに、政権内部の人々でさえ、私たちと同じように困惑し、ツイートの内容に翻弄されている時があることを目の当たりにしています。投資業界内においても、頭を悩ませる要因が不足することはありません。5次元のチェスという例えは、あまりに持ち上げすぎでしょう。トランプ氏自身、進みながらその都度次の一手を考えているだけでしょうから。

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